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研究・開発

大気汚染監視システム -コンサルタント業務の始まり-

 1969年、当社には、ハードウェア部門、ソフトウェア部門、教育部門という三つの経営の柱があった。
 この年の組織改編を機に、ハードウェア部門でも公害監視システムの設計を開始した。公害監視システムは、1968年(昭和43年)頃からソフトウェア部門がNECを経由してプログラムを受注し、システム設計から受注に発展させていった分野だった。この業務を担当していたソフトウェア部隊がハードウェア部門に吸収された結果、この分野がハードウェア部隊の担当になったのである。

 業務は、まずNECの産業オートメーション事業部への技術支援から開始され、次いで東京都大田区、千葉市大気汚染監視システムをNECから一括受注し、順調に完納し、NECから、感謝状を授与されるなどその総合力を高く評価されていた。
 昭和40年頃から日本の高度成長とともに、大気汚染などのいわゆる「公害問題」が社会問題としてとりあげられるようになった。これらの事態に対処するため、「環境基準」が制定され、企業などでは大気汚染の発生源である重油の使用量、硫黄分の報告などが義務づけられた。同時に、各地方に要注意地区が指定され、それらの発令を行うためのソースデータの収集を行うことになった。

 当社が開発した公害監視システムは、この汚染状況の観測システムで直接受注プロジェクトとNECとの共同開発プロジェクトの二つに大別される。
 このうち、直接受注したプロジェクトの内容は、神奈川県大気汚染監視システムのコンサルタントおよび施行管理、大気汚染予測シミュレーションであった。当時、共同プロジェクトも含め、当社が取り扱った公害監視システムの中でも件数が多く、かつ期間が長いものは大気汚染監視システムであった。
 同システムは、大気中の硫黄酸化物、浮遊粉塵、一酸化炭素、窒素酸化物、オキシダント濃度、風向、風速などを測定し、表示・記録するシステムで、測定局数・測定項目数などに応じて、システムの規模が決定された。
 神奈川県の大気汚染監視システムの受注は、コンサルタント業務としても大きな意味を持っており、当社が当時保有していた総合無線技術の実績が社会問題に生かされ、コンサルティングの受注に繋がっていったからである。

 昭和45年8月、神奈川県では、社会問題化した大気汚染対策に取り組み始め、県下全域の大気汚染監視システムを計画した。このプロジェクトは、全県下70箇所に環境測定局を置くという、当時わが国最大の公害監視システムであった。予備調査から実施計画、施行管理と完成まで4年の歳月を要し、昭和48年9月に開所した。開所式には故・松尾前会長も出席し、当時の津田知事から感謝状を贈られた。

故・松尾前会長と津田知事(当時)

津田知事からの感謝状

 このプロジェクトは、通信回線だけでなく、テレメータ、コンピュータを含んだ総合的なデータ処理システムで、当社のコンサルタント業務の進むべき方向を示唆するものとして、大きな意味を持っていた。
 さらにこの成功は、次のステップに繋がっていく。同年の夏、東京では連日光化学スモッグが発生し、杉並区の中学校で生徒が集団入院する騒ぎが発生し、大きな社会問題となった。東京都は、その対応策として光化学スモッグ警報の無線システムの設置を計画し、当社が同システムの一括受注に成功したのだった。